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最高裁判所第二小法廷 昭和22年(オ)17号 判決

主文

原判決を破毀し被上告人の請求を棄却する。

第一審及び上告の費用は被上告人の負担とする。

理由

江川上告代理人の上告理由第二点は『原判決は選挙法規の解釈を誤つて居る原判決は「従つて令第六条第二項により右二見甚郷は県知事候補者たることを辞したものと看做して直ちに投票を行うことを取止め他の一人の候補である安中忠雄を当選者と決定したのはいわゆる公職追放に関する前記法令の意義を正確に理解せず延いて選挙に関する規定の適用を誤つたものであつてこの選挙規定の違反は選挙の結果に異動を生ずる虞がある場合であること言を待たないのみならず前記の如く法の命ずる所に従い昭和二二年四月一五日の選挙期日に二見甚郷、安中忠雄の二人を候補者としていわゆる決選投票が行はれたとすれば、たとえその直後に右二見甚郷に対し覚書該当者としての指定たる効力を有する正式な通知が到達したとしてもその結果必ずしも安中忠雄が当選者となるものと限られていないことは例えば右選挙において二見甚郷が有効投票の過半数を得たが右覚書該当者指定の通知に省みて自発的に当選を辞した場合或は選挙長が同人を被選挙権を有せざるに至つたものと認定した場合(之等の場合には道府県制第七四条ノ一三第三項、第七四条ノ一五第二項、第七四条ノ一二第二項第一号或は第二号の適用により安中忠雄は当選者とせられないで、更に選挙が行われることになる)を想定しただけでも自ら明かな所であるから上述した当裁判所の法的見解はその実益なしとしない訳である」と云ひ選挙の結果に異動を及ぼす虞があると説明して居るしかれども原判決認定の如く四月一五日決選投票を行はざりしこと自体を以て選挙手続の違反なりとしその手続を無効であるとするなら更に決選投票を行はなければならぬことになるしかるに今日では二見の追放は確定して居るのであるから結局決選投票はこれを行はないで一人の候補者安中忠雄を当選者と決定するの外に途はない従つて選挙の結果に異動を及ぼす虞あるものとは云ひ得ない地方自治法第六七条の規定は選挙の規定に違反した場合でも結果に異動を及ぼす虞がないなら選挙は無効としないと云う趣旨に解すべきで現実に即し無益を斥ける公私法の大原則を表顕したものである而して被告の抗弁のうちにこの趣旨を包含すると見るべきは当然である故に原判決は選挙法規の解釈を誤つたものと信ずる』と言うのである。

坂上告代理人の上告理由第二は『昭和二二年四月一五日の選挙に原判示の如き違反があるとしても、その違法のため、選挙の結果に何等異動を生ずるの虞なきにかかわらず、原判決がその虞ありとして該選挙の無効を判決したことは明かに違法であつて、原判決はこの点においても破毀を免れぬものと信ずる。原判決は単純に「内閣書記官長名義の電信を以て閣省令第五条第一項の通知に該当するものとし、従つて勅令第六条第二項により右二見甚郷は県知事候補者たることを辞したるものとみなして、直ちに投票を行うことを取り止め、他の一人の候補者である安中忠雄を当選者と決定したのは、いわゆる公職追放に関する諸法令並に選挙に関する規定の適用を誤つたものであつて、この選挙規定の違反は、選挙の結果に異動を生ずる虞がある場合であること言を待たない」といい、若し四月一五日に、いわゆる決選投票が行われたとすれば、必ずしも安中忠雄が当選者となるとは限らないから「上述した当裁判所の法的見解はその実益なしとしない」と主張している。この解釈は単純に過ぎて、明かに法の解釈を誤るものであり、更に精密周到なる検討を要するところである。なるほど書記官長名義の電報通知は覚書該当者としての指定の効力を有せず、従つて所定の期日に決選投票が行われたとすれば、安中忠雄が当選人とならなかつたかも知れないと想定することは、理論的に疑はない。(しかしながらこれは単なる理論上の想定であつて、選挙の実際においては全く考えられない事実と断定してよい。何故ならば二見甚郷の覚書該当の事実は既に書記官長の公電やラヂオ及び新聞紙を通じて県下一円に唱導され、事実上選挙人に周知されているのであるから、仮りにそのまま選挙が行われたとしても、その結果は洵に明瞭であつたであろう。)しかし、選挙の結果に異動を生ずる虞があるかどうかは、このように、若し所定の期日に決選選挙が行われたならば、選挙の結果に異動を生じたかも知れないという点の認定のみでは足りないのであつて、更に判決を以て選挙が無効とせられた場合その違法を是正して更に選挙を行つたときに、果して現に生じているところの選挙の結果に異動を生ずるの虞があるかどうかの点を併せて判断しなければならないものである。寧ろ本件の如き場合においては、その判断の重点は後者にかかつて来るのである。凡そ広く各般の選挙法制に通じ(衆議院議員選挙法第八二条、參議院議員選挙法第七五条、地方自治法第六七条、旧道府県制第三五条、旧市制第三五条、旧市制第三五条、旧町村制第三二条等)たとえ選挙の規定に違反があつても、只選挙の結果に異動を生ずるの虞がある場合に限り、その選挙の全部又は一部の無効を判決すべきものと規定せられているが、その法意はいう迄もなく苟くも無駄な若しくは無意味な選挙をしないということであつて、即ち選挙に違法があるためその全部又は一部を無効として更に選挙をやり直してみても、それがため何等選挙の結果に影響を生じないという場合には、その違法是正のために実益のない選挙手続を繰り返すという無益なことをしないということである。選挙の争訟は、単に理論の当否を争うものではなく、選挙の結果の正否即ち当選人決定の正否を争うものであるから、いわゆる実益のない無意味な判決はこれを認めないのである。その実益ありや否やは即ち選挙の結果に異動を生ずるや否やであり、換言すれば当選人に変更を生ずるや否やである。従つて、これらの規定の解釈適用に当つて忘れてならないことは、選挙が無効とせられた結果として前選挙の瑕疵を是正して更らに行う選挙において、果して現在生じている選挙の結果と異れる選挙の結果を生ずるの可能性(虞)ありや否やという判断である。もしその判断を忘れるときは、これらの規定は全く本来の趣旨を失い無意味なものとなるからである。而してその判断の結果、更らに選挙を行つたところでその新選挙の結果は、現に得ている選挙の結果と全然同一であることが明白であるならば、即ちこれらの法規が予想している場合であつて、選挙を無効とする実益を存しない場合である。従つてその場合においては、これらの規定(本件の場合には地方自治法第六七条)の明白な適用により、選挙無効の判決は之を為し得ないこととなるのである。即ち、これは法の禁ずるところとなるのである。この更に選挙を行う場合において現に得ている選挙の結果に異動を生ずるの虞があるかどうかの判断は、通常の再選挙の場合等においては閑却され勝ちな判断であるが、それは通常の場合ではその虞が常に極めて濃厚であつて殆んど自明のこととなり、特にこれを詮議する実益がないからである。併し新立候補の許されない決選選挙の再選挙の場合等に関しては、普通には忘られ勝ちなこの判断が非常に重要となり、特に慎重にこれを検討する必要が生じて来るのである。本件の如きは正にその典型的な場合である。而して本件の場合についてこれを考察すれば原判決通り四月一五日の決選選挙が無効とせられた場合にも、決選選挙における二人の候補者を決定した昭和二二年四月五日の宮崎県知事選挙(以下仮りに本選挙という)については、固より何等の法的瑕疵は存せず、争訟の客体とならず、従つて又判決も何等これに言及していないのであるから、更に選挙を行うとすれば、決選選挙の再選挙を行う以外に途のないことは明かである。然るに、決選選挙における候補者の一人たるべき二見甚郷は、仮りに四月一七日に覚書該当者として指定されたとしても、少くとも四月一七日以後にあつては既に追放覚書該当者としての指定の効力を生じ、従つて明かに勅令第六条第二項により、宮崎県知事の決選選挙の候補者たることを辞したものとみなされるのであるから、新決選選挙における候補者は結局矢張り安中忠雄一人となる。従つて新決選選挙において安中忠雄が再び無競争を以て当選者と決定せられることとなる。換言すれば選挙の手続が、新になるだけであつて選挙の結果には事実上何の異動も生じないのである。これは現行法規の適用より生ずる必然の結果であつて、何人もこの事実を動かすことはできない。然るに原判決が全くこの点の省察を欠き、単に四月一五日において決選投票を行つていたならば、必ずしも安中忠雄が当選者となるとは限らなかつたというだけの理由(判断)を以て直ちに選挙無効の判決を下したのは、いわゆる選挙の結果に異動を生ずるの虞ありや否やの点に対する法規上並びに事実上の検討を欠き、且つ明かにその判断を誤つたものであつて、いう迄もなく地方自治法第六七条に関する解釈適用を誤つた違法の判決といわねばならぬのである。以上の陳述を以て凡そ明瞭であると思うが、この主張の骨子を事項別にして次に叙述する。(イ)如何なる選挙の規定の違反があつても、裁判所がその選挙の全部又は一部の無効を判決するのは、選挙の結果に異動を生ずるの虞れある場合に限られ、その違法を是正するため正当なる新選挙の手続を施行しても、結局、選挙の結果において即ち何人が当選者となるかということに何の変化も生じない場合には、裁判所は選挙無効の判決を為し得ないものである。これは地方自治法第六七条の明定するところであつて、無益なる選挙の煩を避くる意味において当然の規定である。従つて裁判所が選挙無効の判決をする場合には、無効判決の結果、行わるる新なる選挙において、果して現在得ている選挙の結果と異れる選挙の結果を生ずるの可能性ありや否やにつき、充分に吟味してこれを為さなければならぬ。然るに原判決は、この点において全く判断を欠き且つ結果においてこれを誤つている。(ロ)昭和二二年四月五日の本選挙は完全に執行せられ、法律上の瑕疵は全くなく、従つてその効力も争われず、完全に確定している。しかしこの本選挙ではいわゆる法定得票数以上の得票者を得ることができなかつたので、道府県制第七四条ノ一三の規定により決選選挙を行うことになり、而して決選選挙にのぞむべき候補者として、四月五日の選挙において有効投票の最多数を得た者二人即ち二見甚郷と安中忠雄の二人が決定せられた。この事実は確定不動であり、この二人以外の他の何人も決選選挙の候補者となることはできない。(ハ)しかるに、二見甚郷はその後覚書当該者として指定せられた。その指定の効力発生の時期については争を生じているが、いづれにしても四月一七日以後(総理大臣名義の通知到達以後)においては同人が覚書該当者としての指定の効果を受ける者であることは、原判決も明かに認めるところであり、何人にも争のないところである。従つて、仮りに四月一五日の選挙を無効とし、新に決選選挙が行われることになつても、同人は勅令第六条第二項により既に候補者を辞したものとみなされており、該選挙における候補者たるの資格はないものとなつている。而してこれも今日においては既に確定した事実である。(ニ)原判決は、四月一五日の選挙を無効とした。(固より四月五日の本選挙については何等触るるところはない)併し上述の如く決選選挙における二人の候補者中既に一人は失格したのであるから、新たに決選選挙の再執行をしても新選挙の候補者は唯一人のみとなりその候補者は当然に無競争(即ち無投票)を以て当選者と決定せられるのである。それが現在の当選者である安中忠雄である。而してこれは現行法の適用として寔に明かであつて、毫もこれを争う余地がない。即ち、仮りに判示の如き違法ありとしてこの理由を以て選挙を無効としても、選挙の結果には結局何の異動も生じないのである。(ホ)以上のことは、元来本件が四月五日の本選挙の効力を争う問題でなく、四月一五日の決選選挙の手続の効力を争う問題であり、而かも決選選挙において争うべき二人の候補者中一人が既に確実に候補者たる資格を喪失したという条件が加わる場合であるから、それから生ずる必然の結論であつて、少しも異とするに足らぬ。かくの如くにして、本件はたとえ判示の如き違法ありとしても、これがため何等選挙の結果に異動を生ずるの虞ある場合ではないのにかかわらず、原判決がこの点に関する充分なる審究を欠き、漫然その虞ありとして選挙無効の判決をしたのは、明に違法の判決であつて、破毀を免れないものである』と言うのである。

三宅上告代理人の上告理由第一点は『原判決は地方自治法第六七条の解釈を誤つた違法がある。原判決は「この選挙規定の違反は選挙の結果に異動を生ずる虞がある場合であること言を待たないのみならず、前記の如く法の命ずる所に従い、昭和二二年四月一五日の選挙期日に二見甚郷、安中忠雄の二人を候補者としていわゆる決選投票が行はれたとすれば、たとえその直後に右二見甚郷に対し覚書該当者としての指定たる効力を有する正式な通知が到達したとしても、その結果必ずしも安中忠雄が当選者となるものと限られていないことは、例えば右選挙において二見甚郷が有効投票の過半数を得たが、右覚書該当者指定の通知に省みて自発的に当選を辞した場合或は選挙長が同人を被選挙権を有せざるに至つたものと認定した場合(之等の場合には道府県制第七四条ノ一三第三項、第七四条ノ一五第二項、第七四条ノ一二第一項第一号或は第二号の適用により安中忠雄は当選者とせられないで更に選挙が行われることになる)を想定しただけでも自ら明かな所である」と判示している。地方自治法第六七条は「選挙の規定に違反することがあるときは、選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、選挙管理委員会又は裁判所はその選挙の全部又は一部の無効を決定し、裁決し、又は判決しなければならない」と規定していて、見たところ判りにくそうな規定ではあるけれども、きわめて自明の理を条文化したまでである。選挙とか、訴訟とかいう、複雜な手続に従い、順序を追つて進められるものは、ともすると、その途中で、手続違背の問題をひきおこしかねないのである。そういう場合に手続の違背を是正するために、また初からあらためてやりなおすことは、時間、労力、経費などの点から見てかなりの損失であるばかりでなく、もし是正された手続の結果として得られたものが、当初の違法な手続の結果として得られたものと同じであつたならば、全く無益なことをやつてのけたことになる。しかし必ずしも常にそういう結果になるとは限らないのであつて、是正された手続の結果として得られたものが、当初の違法な手続の結果として得られたものと異う場合もある。その二つの結果は、実質的に見れば価値において、すこしも差異のない場合もあらうが、それでも正しい手続の結果得られたものは違法な手続の結果得られたものよりも、手続が正しかつたというだけでも、価値の高いものであるということができよう。そこで前のような無益なことはやりたくないし、そうかといつて、後のような有益な結果をのがしたくないというのが、われわれの常識である。法もまた、われわれの常識に従つて、後のような有益な結果の得られる希望のある場合に限つて、違法な手続を無効として、手続のやりなおしをさせることにしている。条文の書き方はともかく刑事訴訟法第四一一条はその一つの例であり、問題の地方自治法第六七条もまたこのカテゴリーに属する規定である。そうすれば第六七条の読み方はこうでなければならない。ある選挙、かりに第一次選挙とよぼう。その手続が法の規定に違背して進められて、ある結果が得られたとする。この場合、その第一次選挙を無効として、手続のやりなおしをさせるかどうか、いいかえれば第二次選挙をやらせるかどうかは第二次選挙の結果の見とおしが、第一次選挙の結果と同じになりそうか、異いそうかにかかつている。もし同じ結果になることが確定的に見とおされるならば、第二次選挙をやらせることは全く無益であつて、第一次選挙を無効とする合理的理由はないことになる。こういう場合には、第一次選挙の違法は、いわば是正されたものとみて、その選挙の結果を是認することが、賢明な方策といわなければならない。これに反して、もし同じ結果になるとは、どう考えてみても、確定的には断定できない、或は異つた結果になるかもしれないと思われるならば、第二次選挙をやらせることは必ずしも無益とはいえないのであつて、第一次選挙を無効とする合理的理由もありうることになる。法が「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に限り、その選挙の全部又は一部の無効を判決し」といつてるのは、まさしくこういう場合のことをいつているのであると解さなければならない。では、本件選挙でこれを無効として、さらに選挙を施行する合理的理由があるであらうか。地方自治法第六二条第一項第四号によれば選挙が無効と決つて当選人がなくなつたときは、更に選挙を行うことになつているが、原判決の確定した事実によれば、昭和二二年四月五日に施行された宮崎県知事の選挙で各候補者の得票が、どれも道府県制第七四条ノ一〇第一項但書所定の数に達しなかつたので、同制第七四条ノ一三第一項に従つてさらに同月一五日当時の候補者四名中有効投票の最多数を得た二見甚郷と安中忠雄の二人を候補者として選挙を行うことになつたのである。ここまでの選挙手続の適法なことについては被上告人も争わず、原裁判所も、その適法なことを前提としている。事実その選挙手続にはすこしも違法な点はないのである。ところが原判決の確定する如く選挙期日前の同月一〇日頃、中央公職適否審査委員会で二見甚郷は覚書に該当するものと認められて、その審査の結果に基づき、同月一三日内閣書記官長名義で上告人に二見甚郷が覚書該当者として指定された旨の電報による通知があつたので(それと相前後して二見本人にも内閣書記官長から指定通知が電報で届いた)上告人は二見甚郷は県知事候補者たることを辞したものとみなされたという見解で、道府県制第七四条ノ一四所定の手続に出で安中忠雄を当選者に決定したために、俄然問題は紛糾しだした。これに加えて同月一七日以後に内閣総理大臣から二見甚郷に指定通知の原判決の所謂正式書面が送られてきたために紛糾はその度をましてきたのである。原判決は「結局本件において、昭和二二年四月一五日の選挙期日後に甲第二号証……が二見に到達して始めて令第四条にいわゆる「覚書該当者としての指定」たるの法律上の効力を生じたのであつて、同選挙期日前には未だ右の効力を有する通知はなかつたことが明かであり、従つて令第六条第二項により同人が県知事候補者たることを辞したものと看做すことも出来なかつたわけである。とすればも早道府県制第七四条ノ一四を適用すべき余地はなく、従つて当初に決定された通り同法第七四条ノ一三に従い右の選挙期日には二見甚郷、安中忠雄の二人を候補者として、いわゆる決選投票が行はれねばならなかつた筋合である」と判示して上告人の採つた選挙手続は法の規定に違反するものと断定している。この判断の是非はともかくとして、原判決のラインで論旨を進めるならば、四月一五日を選挙期日とする所謂決選選挙は違法であるということが確定されたのである。さて所謂決選選挙は違法であるが故に、これを無効として第二次選挙を施行すべきかどうか。原判決は冒頭に摘示した理由で然りと結論している。「しかし」と上告代理人は反問したい。第二次選挙は如何なる選挙であるか。所謂第二次決選選挙ではないのか。その選挙における候補者は誰か。二見甚郷と安中忠雄以外に誰がいるか。所謂第一次決選選挙を行うために、二見甚郷と安中忠雄が候補者とされるまでの手続には、すこしも違法の点がなかつたのではなかつたか。二見甚郷はすでに覚書該当者として指定されているのではないか。とすれば、所謂第二次決選選挙を行うとしても、二見甚郷は候補者たることを辞したものとみなされて取扱はれる以外に何があるか。そして残るところは、安中忠雄が、無投票、当選者と決定されるだけではないか。無益なる第二次選挙ではないか。どこに原判決のいう選挙の結果に異動を及ぼす虞があるのか。全く理解するのに苦しむ。原判決は「法の命ずる所に従い、昭和二二年四月一五日の選挙期日に二見甚郷、安中忠雄の二人を候補者としていわゆる決選投票が行はれたとすれば」と判示して現実になかつた、そして今後もありえない夢を説いて論拠としているが、われわれに重要なのは、現実にあつた選挙であり、また現実にありうる選挙である。その両選挙を比較検討しての結論である。本件選挙は原判決のいう如く違法であると仮定しても、「選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合」でないことは、前述の如く、きわめて明白である。そうとすれば、被上告人の請求は当然、棄却されなければならないのにかかはらず、原判決がこれを認容して本件選挙を無効としたのは、地方自治法第六七条の解釈を誤つた結果であつて破毀されるべきものと信じる』と言うのである。

昭和二二年四月五日に施行せられた宮崎県知事の選挙において各候補者の得票が、いづれも道府県制第七四条ノ一〇第一項但書に定められた数に達しなかつたので、同法第七四条ノ一三第一項に従い、更に同月一五日右候補者四名の内有効投票の最多数を得た二見甚郷と安中忠雄の二人を候補者として選挙(いわゆる決選選挙)を行うこととなつたところ、その選挙期日前である同月一〇日頃中央公職適否審査委員会において二見甚郷はいわゆる追放覚書に該当するものと認定され、右審査の結果に基づき、同月一三日内閣書記官長名義を以て宮崎県知事を通じ、宮崎県会議員選挙管理委員会(上告人の前身)に対して二見甚郷は覚書に該当するものとし指定された旨電信による通知があり、また別に二見本人に対しても同月一二、三日頃同人は覚書該当者と指定された旨の内閣書記官長名義の電報が送達せられた。そこで選挙管理委員会は前記同月一三日内閣書記官長から右の委員会に対して為された電信による通知を以て正式な覚書該当者の指定があつたものとし、従つて昭和二二年勅令第一号第六条第二項により二見甚郷は県知事候補者たることを辞したものと看做されるに至つたとの解釈の下に道府県制第七四条ノ一四第一項にいわゆる「府県知事候補者タルコトヲ辞シタル為府県知事候補者一人ト為リタルトキ」に該当するものとして投票を行うことを取止め、同条第二項同第七四条ノ一一第二項の規定により他の一人の候補者たる安中忠雄を宮崎県知事選挙の当選者と決定したこと、なお同月一七日以後に内閣総理大臣名義を以て二見甚郷本人に対し同人を覚書該当者として指定する旨の該当事項の内容を記載した通知書面が送達されたことはすべて原判決の確定した事実関係である。しかして原判決は前に述べた四月一三日宮崎県知事を通じ、選挙委員会に対し電信でなされた覚書該当の通知は該当者本人に対して為されたものでないから昭和二二年閣令内務省令第一号第五条第一項の通知として同第四条第一項の「覚書該当者としての指定」たる効力を生じない、又同月一二、三日頃二見本人に対し電信でなされた通知は内閣書記官長名義でなされたもので指定につき権限のある内閣総理大臣の名義でなされていない。かりに総理大臣の命を受けて書記官長がしたとしても、そのことが電文自体に明らかにされていないから、この通知もまた前記「覚書該当者としての指定」の効力を生じないという理由で、選挙期日前右指定の効力を生じたことを前提として安中忠雄を当選者と決定した選挙委員会の処分は違法であり、無効であると判決したのであるが、同月一二、三日二見本人に対してなされた通知は若し内閣総理大臣が中央公職適否審査委員会の審査の結果に基づき二見甚郷を覚書に該当するものと指定した事実があり、内閣書記官長が内閣総理大臣の補佐機関として、その命を受けて右指定の通知を本人にした事実が明確にせらるるならば、たとえその通知が内閣書記官長の名義を以てなされ、しかもその電文自体に内閣総理大臣の命によつてすることの記載がないからといつて必ずしもその通知を以て全然指定の効力を生じないとすることはできないのであつて原判決が右のやうな事実関係の取調べをしないで直ちにこれを無効と判断したのは明かに誤りであるといはねばならぬ。しかしながら右の通知を以て真に有効なりと判断するためには右に挙げたような事実関係について取調べを要することであり、それがためには事件を更に原裁判所に差戻す必要がある。しかしながら選挙に関する訴訟にかくの如く時日を遷延することはもつとも避けなければならぬところであるから、此点に関して原判決を破毀することはしばらくおいて前記各弁護人の上告理由に基づいて、かりに本件選挙において前に述べた安中忠雄を当選者と定めたことが、選挙の規定に違反したものであつたとしても、その違反が地方自治法第六七条にいう選挙の結果に異動を及ぼすおそれがある場合に該当するかどうかについて考察することとする。原判決は「この選挙規定の違反は選挙の結果に異動を生ずる虞がある場合であること言うを待たない。」とし、更に「昭和二二年四月一五日の選挙期日に二見甚郷、安中忠雄の二人を候補者としていわゆる決選投票が行われたとすれば、たとえその直後に右二見甚郷に対し覚書該当者としての指定たる効力を有する正式な通知が到達したとしても、其の結果必ずしも安中忠雄が当選者となるものと認められていない」と説示している。若し四月一五日に決選選挙を行つておれば必ずしも安中忠雄が当選者にならなかつたことは、原判決説示の通りであつて、此の点に関する限り原審の判断に誤りはない。しかしながら地方自治法第六七条にいう選挙の結果に異動を及ぼす虞がある場合に該当するかどうかは、原判決のように若し其の当時適法に選挙を行つたと仮定して、其の生じ得べき結果と現実に生じている結果とを対比して判断すべきではなく、現に行はれた選挙を無効とし、あらためて選挙を行つた場合に、現実に生じている結果と異る結果を生ずる可能性があるかどうかについて、検討すべきものである。何故ならば若し更に選挙を行つても結局、現にあらはれている結果と同一の結果になることが必然であるならば、選挙を無効とし、更に選挙を行うことは全く無意義であり、無用の手数をかけるに過ぎないからである。即ち地方自治法第六七条によつて裁判所が選挙の無効を判決するには、右のように選挙を更めて行つて其の結果がどうなるかを検討して見る必要が生ずるのである。そこで本件において決選選挙を行はないで安中忠雄を当選者と定めたことが違法であつて、無効と判決すべきものと仮定し、更に選挙を行うものとして、其の結果はどうなるであらうか。四月五日の選挙と、其の結果二見甚郷と安中忠雄の二人を決選選挙の候補者と定めた迄の手続には、何等選挙の規定に違反する点はないのであつて、このことについては当事者間にも争はないのである。然らば以上の手続に関しては選挙を無効とする理由は全然ないのである。

砂山被上告代理人は若し二見の覚書該当指定の効力が四月一三日に発生したならば、その前に二見と安中を決選選挙の候補者と定めたことも、無効に帰し、安中と第三位の鈴木憲太郎とを候補者と定めて決選選挙を行うべきものとし、従つて決選選挙を行はなかつたことは選挙の規定に違反し、選挙の結果に異動を及ぼす虞があると答弁しているけれども、たとえ本件選挙が違法であつたとしても、安中と二見とを決選選挙の候補者に定める迄の手続については何等違法の点はないのであつて、従つて右両名を候補者と定めたこと迄も無効になる理由はないのである。

昭和二二年勅令第一号第六条第二項によれば指定があつた時は、其の者は当該候補者たることを辞したるものとみなされるのであつて、即ち自ら候補者を辞退したときと、法律上の効果は同一であつて、道府県制第七四条ノ一四により投票を行わないのである。従つて鈴木を決選選挙の候補者とすべき旨の右の主張は同被上告代理人の独自の意見であつて採るに足らない。又同被上告代理人は「かりに一歩を譲り(中略)二見本人が公選による公職から追放せられて知事候補者たる資格を喪失した以上、其の効果は其の時から将来に向つて、その資格を喪失するのみではなく、追放者は根本的な無資格者なのであるから、それは四月五日に遡及し告示当時にさかのぼつてすでに立候補しなかつたものとなるので二見甚郷の投票は無資格者に対してなされたものゆえ全然得票のなかつたものと均しい結果になるのであるから、最多数の得票者は安中忠雄であり、次順位は鈴木憲太郎であるから、この両人を候補者として法定し、決選投票を行わせねばならないのである。」と主張しているが、覚書該当指定の効果は将来に向つてのみ生じ、既往に遡るものと解し得ないことは前記勅令の条項に照して明かであり、従つて四月五日の選挙当時二見は未だ覚書該当者として指定されていなかつたのであるから、二見の得票は有効な得票であつて、右選挙の最多数の得票者が二見であり、第二位が安中であることは動かし難い事実である。従つて右被上告代理人の主張も全く理由がない。然らば結局、本件選挙を更めて行うとすれば右両名を候補者とするより、他に方法はないのであるが、二見甚郷はもはや覚書該当者として、候補者となり得ないことは明白である。何となれば、かりに二見甚郷に対する四月一二、三日の電文の指定通知に何らかの瑕疵があつたとしても、四月一七日以後において内閣総理大臣名義を以て書面により覚書指定の事項内容を具備した指定通知が、二見本人に送達されたことは原判決の確定する事実であるから、いづれにしても、そのころ同人に対する覚書該当の通知が正当になされたことは疑のないところであり、従つて前記勅令第六条第二項により二見甚郷は当該候補者たることを辞したものとみなされるからである。しからば地方自治法第六五条第七項によつて投票を行わず、同項の準用する同法第五八条第五項によつて選挙長は選挙会を開いて、安中忠雄を当選人と定めなければならないという結果になるのであつて、これは現に生じている結果と何等異るところはないのである。以上説明したように結局本件選挙で、決選選挙を行わないで安中忠雄を当選者と定めたことが、かりに選挙の規定に違反していたとしても、地方自治法第六七条に所謂選挙の結果に異動を及ぼす虞ある場合に該当しないのであつて、本件選挙は無効と判決すべきものではないことは、きわめて明瞭である。原審が此の点に関する法の解釈を誤り被上告人の請求を認容したのは違法であつて、上告論旨は理由があり、原判決は破毀を免れないのである。而してこの関係においては、事件は原審で確定した事実に基づいて裁判をするに熟しているから、他の論旨に対する判断を省略して民事訴訟法第四〇八条第一号に従い、当裁判所自ら本件につき、裁判をなすべき場合であるが、本件選挙の効力に関し、被上告人は上告人の前身たる宮崎県会議員選挙管理会に対し、四月一八日異議の申立をなし、同委員会はこれに対し、同月二八日付を以て被上告人の異議は相立たずとの決定をしたことは記録の上で明かであつて被上告人は本訴において右選挙の無効宣言の判決を求むると共に同委員会のした右決定の取消をも併せて求むるものであるが、その請求のいづれも理由のないことは前段説明するところによつて、まことに明瞭であるから被上告人の本件請求はすべてこれを棄却すべきものとし、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九五条、第八九条と適用して主文の通り判決する。

この判決は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 霜山精一 裁判官 塚崎直義 裁判官 栗山 茂 裁判官 小谷勝重 裁判官 藤田八郎)

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